「ひろしま社会起業支援サミット2010」
を開催しました!

・日時:2010年6月27日(日)
・場所:広島経済大学 立町キャンパス
 (市電「立町」からすぐ)

・参加費:無料

 当日の様子等がわかる「事業報告書」はこちらから!
hiroshimasocialsummit2010_report.pdf

2015年01月28日

「ためまっぷプロジェクト」にみるシェア型セーフティネット事例



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット(以下、資料)』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。




今回は、
今後「みんなが社会起業家」を考える上で、
具体的な事例となりうるプロジェクトを紹介します。

そのプロジェクトとは……

「ためまっぷプロジェクト」

広島発のプロジェクトです。
とはいえ、現在はまだ、
プロジェクトのスタートアップ中。

2015年1月現在、
クラウドファンディングサイト「READYFOR」で、
資金調達中です。

https://readyfor.jp/projects/tamemap/

目標額130万円に対して、
1/28時点で93万8,000円。

あと、だいたい35万!(アバウトやね)

〆切は、2/13(金)11時!

関心のある方は、
ぜひとも応援してあげてください!

私も、微力ながら、
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○「ためまっぷプロジェクト」とは?


「ためまっぷプロジェクト」の概略を紹介すると、

地域活動を5秒でキャッチ。
自分も発信。
スマホでやさしい生活を。

総人口の1/3を占める高齢者が
もっと社会貢献で活躍できたり、
生活圏の活動が見れる、
参加できる社会を作る。


https://www.facebook.com/tamemap/info

これだと、わかるような、
わからないような紹介ですかね。

具体的には…

content_dcdfd41cb6e96e78736deb5f5add6f6311da8e80-.jpg

・地図情報と地域活動を連携させたスマホアプリ
・地図には、地域活動タグが表示
・半径5キロ、2キロ、500mと絞り込みを可能にして、
 地域活動の情報を無料で簡単に発信・キャッチできる
・載せる人は、文字入力が不要で、
 活動内容が記載された『紙のチラシ』の写真を撮って、
 ボタンをいくつか押すだけにする
・見る人は、会員登録不要、歩きや車で約10分の範囲で、
 今日、今から参加できる地域活動の
 情報のチラシの一覧を、タグで絞って見ることができる

ま、googleマップに、
 地域イベントのピンがついてるアプリだと、
 イメージしていただければよいかと。

地域活動を行う主体として、
高齢者を想定し、
文字入力の手間を省いて、
これまでのチラシ感覚の延長で告知ができる。

地域活動を「見える化」した、
地域活動プラットフォームともいえます。


○「ためまっぷプロジェクト」でつくるセーフティネット


資料でこれまで考えてきた内容をベースに、
「ためまっぷプロジェクト」のポイントについて、
まとめてみると…

(1)「弱いつながり」による地域生活圏の再構築
(2)地域住民という「身近な、見知らぬ他人」を信頼する
(3)簡単に「善い人」になれる
(4)自分と地域との立ち位置を掴み直す

といった点になろうかと。
これまで、地域のつながりは「ムラ」であり、
強いつながりでしたが、
それは既に崩壊している。

しかし、ソーシャルなつながりは、
地域生活圏とは、あまり関係がない。

「ためまっぷプロジェクト」では、
「弱いつながり」をベースとして、
そこから、新しい形の地域生活圏を再構築しようとしている。

このプロジェクトが進めば、たとえば…

・高齢者によるベビーシッター、簡易小規模保育の推進

親たちは「ためまっぷプロジェクト」で、
そうした情報を知ることができる。

また、こうした情報が「見える化」されていれば、
簡易小規模保育のスキルといった支援も、
また容易になる

・各種相談窓口が「見える化」されれば、
 孤立を減少させることができる

…もちろん、事はそんなに簡単にはいきませんが、
可能性が広がることは、間違いないですよね。

ムラ社会が崩壊しているということは、
これまで排除が容易だった「見知らぬ他人」が、
排除が難しくなっている。

ご近所や地域の人すべてが「見知らぬ他人」。
それをすべて排除していては、
自分が孤立するだけ。

しかし、現状では、
そんな「見知らぬ他人」を信頼するきっかけがない。

「ためまっぷプロジェクト」で、
多くの人が、自分ができる何かを積極的に発信すれば、
「見知らぬ他人」が見える化して、
互いを信頼するきっかけが生まれる。

そして、これまでは、

 「自分ができる何かを積極的に発信」しても、
 ほとんど人の目にとまらない。

公民館とかにチラシを置いても、
山積みされるだけ。

新聞広告を出す金もなく、
ネット広告だと、あまりに広がりすぎる可能性もある。
第一、そんなスキルもカネもない。

「ためまっぷプロジェクト」が進めば、
多くの人が、実は、
生活圏内では「善い人」である側面をもっていることが、
見える化されるようになる。

情報発信もたやすいので、
積極的に多くの人が善い人になれる。

ムラを中心とした強いつながりが切れると、
自分と社会との立ち位置が切れる。

その結果、他人を呪うことで
社会との立ち位置を作ったり、

誰からも非難されないピュアな立場に立って、
他人を断罪することで、
社会との立ち位置を作ろうとする。

結局、「自分が社会に、他の人に役立っている」
そんな実感がないと、
自分の立ち位置は見えてこない。

 「ためまっぷプロジェクト」を通して、
 自分の地域との新たな立ち位置を、
 つかみ直すことができるかもしれない。

 もちろん、「ためまっぷプロジェクト」が、
 プロジェクトとして成功するかどうかは、
 色々と課題があります。

・そもそも「ためまっぷプロジェクト」を
 どう多くの人に知ってもらうのか?

知ってもらわないと活用されないので。

・「ためまっぷプロジェクト」で記載された
 地域イベントに問題があったら、
 どう責任をとるのか?

個人的には、
それはイベント主催者が責任を持つべきで、
ためまっぷプロジェクトがどうこうという話でも、
ないとは思います。

ただ、絶対に、
その手の難癖をつけてくる人はいます。

ま、あとは、
結局ヒト・モノ・カネの問題に、
収斂していきます。

ただ、できない理由を挙げ続けるのも、
やっぱり生産的ではない。

では、それをどう解決していくのか?

個人的には、

できない理由の解決策までも、
共に考え、解決に向けて行動していく、
そんなコミュニティが、

「ためまっぷプロジェクト」のまわりにも、
できていって欲しいと思うのです。

成功している団体、プロジェクトには、
そういったコミュニティが、
リーダーを中心としてできていますので。


○一般的なシェアサービスプラットフォーム事例


ここまで、「自分でつくるセーフティネット」の、
プラットフォームとして、

「ためまっぷプロジェクト」を紹介しました。
この手のシェアサービスプラットフォーム事例として
多かったりするのは、

自分の家を宿屋として貸すAirbnbとか。
https://www.airbnb.jp/

車の相乗りサービスのUberやLyftとか。

・Uber
https://www.uber.com/ja/cities/tokyo

・Lyft体験記およびUberとLyftの違い
http://www.evtechwatch.com/2014/04/uberlyft.html

このへんは有名ですよね。
資料でも、紹介されていましたし。

ただ、広島在住の私としては、

日本初、というより広島発の、
「ためまっぷプロジェクト」を、
「自分でつくるセーフティネット」の事例として、
積極的に紹介したい次第。


○最後にもう一度


2015年1月現在、

「ためまっぷプロジェクト」では、
READYFORでクラウドファンディングをやっています。

https://readyfor.jp/projects/tamemap/

目標額130万円に対して、
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関心のある方は、
ぜひとも応援してあげてください!

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※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
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2015年01月21日

ありのままの自分を赦すことをめざして



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット(以下、資料)』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。



今回は「自分の中途半端な立ち位置を知る」について、
考えてみたいと思います。


○自分がピュアであることを主張するのは、
最強の立場だけど、自己満以外に何の意味もない



まず、資料の以下の文をお読み下さい。

自分がピュアであることを主張し、
どこかにいる強い悪を非難していれば、
誰かから非難され返すことは
絶対にありませんよ、そりゃ。

最強の立場です。
でも同時に、それはとてもずるいんじゃないかと
思うんですよね。


以前佐々木氏が批判していた「マイノリティ憑依」は、

「自分はマイノリティを代弁してるんだ」という立場から、
「自分がピュアであることを主張」してるわけです。

確かに、それは最強の立場ですね。

厳密にいえば、非難され返すことはあるんですが、
それに反論するのではなく、
ただただ、自分がピュアであることを
主張してるだけなので、
ある種、道徳的には最強の立場に立てる。

そして、それはとてもずるいというという、
佐々木の主張に同意します。

個人的に、それに補足するならば、
それは「自己満以外には何の意味のない」

まぁ、「自己満で何が悪い」というのは、
他者危害則にのっとっている限りは、
そうかもしれません。
(たいてい、他者危害則にすらのっとってないですが)

ただ、NPOとかがこの立場に立ってしまうのは、
 許されないのではないかと思うのです。

「ならず者を訴える」のが
NPOの華になりがちなので、
マイノリティ憑依になりやすいのですが。


○NPOレベルの「自分が中途半端な立ち位置」とは
ニーズから逃げずに活動する姿勢



じゃあ、どうしたらいいのか?

ピュアな立ち位置を捨てて
現世に舞い戻って、
自分の本来の居場所を
取り戻していく必要があると思うんです。

そこで、汚れも何もかも、
そういう現実を引き受けていく
覚悟みたいなものが
必要だと思うんですよね。


いまの時代、
自分が中途半端な立ち位置であることを自覚し、
善人にもなれないし偽悪者でもないと自覚し、
善い人を目指して生きていくという立ち位置は、

死後の世界の往生でもなく、
倫理や道徳でもなく、
まさに必要な生存戦略だと思うんですよね。


なんか、これだと、
かなり抽象的というか、
ふわふわしているので、ピンとこない人も、
多いのではないでしょうか?

NPOレベルの生存戦略として、
個人的に解釈すると、

 「ニーズから逃げない」

ということになるのではないか。

自分が、ピュアな立ち位置に立つことが目的ではなく、
 あくまで、現場の社会課題の解決という、
 社会的弱者のニーズから逃げない。

そのためには、汚れごとであっても、
積極的に引き受けなくてはならないこともある。
ある種の妥協も、必要になるかもしれない。

そのうえで、はじめて、
本当の意味での「自分の居場所」が、
見いだせるのではないか。

とはいえ、自分たちだけで、
 ニーズを引き受けることなんて、できやしない。

自分たちの活動で、
社会課題の解決に近づくこともあれば、
逆に、実は社会課題の解決を
遠ざけてしまっているかもしれない。

自分たちのやっていることは、
非常に中途半端。

自分たちのやっていることは、
時には善事かもしれないし、
時には悪事かもしれない。

それを受け入れた上で、
より善い活動を目指して、
時には他の団体、行政、企業等と協働し、
中途半端さを、少しでもよい方向に持っていく。


○「ありのままの自分」を受け入れ、赦す


「自分が中途半端な立ち位置であることを自覚」

これを、NPOレベルの生存戦略ではなく、
個人レベルの生存戦略とした場合、

(1)「ありのままの自分」を受け入れ、赦す
(2)その土台の上で「見知らぬ他人を信頼する」
   「弱いつながり」「善い人」を目指す

ということではないかと思うのです。
これも、まだふわふわした文章ですね。

「ありのままの姿見せるのよ〜」とか、
どっかで聞いた歌が流れてきそうですね。

(この程度の引用であれば、
JASRACとかに指摘されたりしないですよね?)

ただ、「ありのままの自分」を受け入れ、赦す。
これは、ホントに難しい!

ちょっと話は脱線しますが、
2015年の中国新聞年頭社説では、
実はメインテーマは「他者の傷み分かち合う」

http://www.psonic.org/wordpress/wp-content/uploads/Chugoku2015.pdf

「他者の痛みに鈍感になっていないか」と、
問題提起をしています。

よくありがちな問題提起ですが、
私は、もう少し別の観点で、
同様の問題提起をしたいと思います。

それは、

「自分の痛みに敏感になりすぎていないか」

この問題提起の背景にあるのは…

(1)そもそも、自分の痛みはほぼ「他者」がもたらす
(2)自分の痛みに鈍感になる(自分を赦す)
ことができないと、
   他者を受け入れられない

この手の「心の痛み」の場合、
原因は、ほぼ他者というか、
人間関係に起因することが多い。

アドラーなんかは、

「すべての悩みは対人関係の悩みである」

なんて言い切っちゃってますしね。

別に、目の前に実際の他者がいなくても、
ネットを見てても、そこに他者を投影して、
共感したり、癒されたり、
そして、痛みを感じたりする。

中国新聞では、ヘイトスピーチを、

他者を否定することで、
うさを晴らすという狭苦しい了見


と指摘していますが、
個人的には、
そんなレベルではないと思う。

ヘイトスピーチする人は、
 そうでもしないと、
 自分の痛みに耐えられない。

○○がこの世からいなくなれば、
この激痛から解放されるというのであれば、
そりゃ、ヘイトスピーチに走るでしょう。

その痛みとは、具体的には、
その人にとっての正義感に起因したり、
自己肯定感に起因したり、
そういった要素があるのでしょう。

自分の痛みは、他者がもたらす以上、
他者を否定するのではなく、
(人間関係の拒絶やヘイトスピーチ)

他者と関わって生きるためには、
 どこかで、自分の痛みに
 鈍感にならないといけない。

そのためには、どこかで、
自分を赦さないといけない。
やっぱり、これが、非常に難しい。

ま、だからこそ、
今アドラー心理学が、
ウケてるんでしょうかねぇ?


……脱線終了。

ま、自分の痛みは
ほぼ「他者」がもたらす以上、

自分の痛みに鈍感にならないと、
その激痛から解放されようとして、
ひたすら他者を攻撃する。

この土台で、資料の以下の文章を見ると、
ピンときやすくなるのでは?

その覚悟によって、
人々のさまざまな生き方も
許容できるようになって、
見知らぬ他人でも「まず信頼からはじめよう」と
思えるようになって、

そして成熟して
大人になっていくことが
できるんじゃないかと思いますよ。



○具体的に自分を赦せなくても、
痛みを引き受ける覚悟を



「じゃあ、具体的に、
ありのままの自分を赦すには、
どうしたらいいんですか?」

わかりません。

資料にも、そんなことは書いてません。
佐々木氏だって、わからないと思います。

「ありのままの自分を赦す」とは、
どういうことなのかについては、
宗教とかに触れると、わかるのかもしれませんが、

最終的に、「じゃあ赦せるか否か」は、
自分次第なので。

Aさんがありのままの
自分を赦せるようになったとして、

Aさんがそこに至るプロセスは、
たぶん、アナタには、ほとんど参考にならない。

何より、私自身、
ありのままの自分を赦せているかといえば、
全然そんなことはない。

ただ、資料にも書かれていることですが、
そのヒントは、「年齢」に
あるのではないでしょうか。

年をくって、いろんな経験をすれば、
自分や他者のいろんなものが見えてくる。

ま、赦せなくても、
「そんなもんかな」「どうでもいいかな」くらいには、
思えるようになるでしょう。


…う〜ん。この流れでいくと、

年をとらないと、
自分でつくるセーフティネットとか、
みんなが社会起業家とか、
そうしたことができにくい、という結論になっちゃうなぁ。

理想的には、ありのままの自分を赦して、
その土台の上で、

ありのままの自分ができることで、
 「善い人」として、
 見知らぬ他人との弱いつながりを築ければベスト。

ま、たとえ自分を赦せなくても、
自分のスキルとかが明確になっていれば、
それを土台にして、
見知らぬ他人との弱いつながりを築くことも、
できなくはないでしょう。

ただ、それはやっぱり、

他人からもたらされる「痛み」に、
耐える覚悟がいるのでしょうね。




※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
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2014年12月24日

「強いつながり」外の善行が生存戦略になる時代が来る



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。




今回は「善い人」という点から、
考えてみたいと思います。


○「善い人を目指す=生存戦略」なんてウソでは?


佐々木氏は言います。

他人に寛容になり、他人に与える、
そういう善い人を目指すことが、
いまや道徳でも宗教でもなく、
わたしたちの生存戦略になっているんです。


さて、皆さんは、どう思われますか?
ま、深く考えずに読めば、

「いいこと言ってるね」
くらいの感覚だと思います。

でも、「善い人を目指す=生存戦略」ってのは、
ちょっと考えると、心にひっかかるものがないですか?
これまでの感覚だと。

なぜ、ひっかかるかといえば……

(1)善い人=陰徳を行う人
(2)ボランティアしてて、なんか処世術になる?

(1)でいえば、

いい人は、普通は、

「オレはいいことしてるぞ〜!」とは、
いちいち言いふらさない、ということになっており、
その手の人は、偽善者とみなされる世の中です。

ま、陰徳善事ってやつですよ。

ただ、(2)との関連で言えば、
実はこれまでは、あくまで会社の中とかであれば、
陰徳善事はある種の処世術になる。

「見てくれている人は見ている」ってやつ。

でも、一歩会社の外に出てボランティアをすると、
いったい、誰が「見てくれている人」なのか?
そして、「見てくれている人」がいたとして、
何か自分にいいことがあるの?


○これまでは「強いつながり」外の善行は無意味


もちろん、佐々木氏は、
この点も理解した上で、持論を進めています。

昭和のころはもうひとつ、
せっかく善い人になって善行を積んでも、
現世利益がないよねえということがありました。

「人知れず善行をして、亡くなってからそれがわかる」

なんていうお話を、なぜかみんな好きだった。


…そうなんですよねぇ。

近江商人的な陰徳善事も、
「家永続の願い」からなされるものであり、
狭い意味で言えば、現世利益ではない。

「日本人は無宗教だ」なんて言いますけど、
信じてないのは特定宗教の教義(belief)であって、

言葉にできない感覚というか、
素朴な宗教的実践(practice)については、
はっきりいって、ものすごく信じてる。

陰徳善事も、その一つといえるでしょう。

「善行を積んでも、
うまく立ち回って生きていくための
処世術にはならない」

というあきらめも
あるように思うんですよ。


これは言い方を変えれば、
わざわざ「箱」の外の世界の人たちに
善意を提供する必要もあまりなかった、
ともいえると思うんですよね。

だって、
「見てくれる人は見てる」っていうのは、
農村とか会社とか、
強いつながりの中だからこそ言えるわけで、

外に一歩出ちゃうと、
どんなに善行を積んでも、誰も見てくれない。


…「強いつながり」共同体への善行は、
処世術になるけど、

「社会のため」への善行は、
処世術とは関係ない。
よくて、死んでから賞賛されるだけ。

言い換えれば、

「社会のため」への善行のためには、
 世の中、「強いつながり」共同体との関わりを、
 断ち切る必要があったともいえる。

その点では、宗教と善行とは、
親和性が高い。

だからどこの誰とも分からないような
見知らぬ他人のために役立つよりは、
同じ村や会社の仲間のために役立つほうが、
生きていくための戦略としてはずっと正しかった。

そりゃね、「村や会社のために役立つ」と
「広く社会のために役立つ」が両立するんなら、
それは素晴らしい。

でも実際には、たいていの場合
そのふたつは両立しないんです。


…この指摘は重要ですよね。
ここから、個人的に読み取れそうなことは、

・そりゃ、就活で「社会のために働きたい」とか言ったら、
 落とされるよね。
 普通に、会社のために働けよ。

・だからこそ、CSRとかCSVってのは、
 難しいんですよね。
 たいていの場合、会社の利益と社会の利益は両立しないから。

・そう考えると、コミュニティビジネスとソーシャルビジネスは、
 根本的なところでは両立しないのかも。


○「強いつながり」から「弱いつながり」への
過渡期に起こることとは



しかし、何度も書いているように、
「強いつながり」は崩壊の一途をたどっています。

だからこそ、「弱いつながり」という話が、
出てくるのですが。

会社とか村みたいな「箱」は
いま頼りにならなくなってきちゃってる。

黙々と仕事をしているだけだと、
誰にも認められないまま
リストラされちゃうかもしれないし、
会社が潰れちゃうかもしれない。

「会社のために黙々と仕事をする」よりも、
「広い社会のために善いことをする」というほうが、
正しい生存戦略である、ということです。



問題なのは、現在は、
 「強いつながり」から「弱いつながり」への、
 移行の過渡期だという点。

こうした過渡期には、
過渡期なりの様々な問題が起こってくる。

それが、たとえばブラック企業問題であり、
ネトウヨ的なヘイトスピーチではないかというのが、
佐々木氏の見立てです。

次回は、その点について、
触れていきたいと思います。



※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
posted by ccc_summit_hiroshima at 13:24| Comment(0) | 社会起業トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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