「ひろしま社会起業支援サミット2010」
を開催しました!

・日時:2010年6月27日(日)
・場所:広島経済大学 立町キャンパス
 (市電「立町」からすぐ)

・参加費:無料

 当日の様子等がわかる「事業報告書」はこちらから!
hiroshimasocialsummit2010_report.pdf

2012年08月13日

<社会起業とは>『7つの習慣』から協働のあり方を考える -2-

今回から、協働の「原則論的アプローチ」について、『7つの習慣』をテキストに使用したいと考えています。

まず、『7つの習慣』の著者、スティーブン・コヴィー博士が、2012年7月16日、享年79歳で亡くなられたことに対し、哀悼の意を捧げたいと思います。

今回取り上げるのが、全ての習慣の前提となる考え方である、「インサイド・アウト」という、ものの見方・考え方。

○「インサイド・アウト」の定義

コヴィー博士のいう「インサイド・アウト」とは…

「インサイド・アウトとは、自分自身の内面(インサイド)を変えることから始めるということであり、自分自身の根本的なパラダイム、人格、動機などを変える事から始めるということである」

と本には書かれてます。
要は、あらゆる問題は自分自身の「内」にあって、それを変えないと問題は解決しない、ということです。

パラダイムとは「ものの見方、考え方」のフレームワークのこと。
「世界を変える」話から言えば、「世界=自分のパラダイムから見た世界」と言い換えることもできます。

別の言い方で言えば、

「自分の内面を変える→自分の行動を変える→周囲を変える」

この順番を大切にする、ということにあります。

これに対して、「アウトサイド・イン」という考え方は、あらゆる問題は自分自身の「外」にある、と考えます。

「何らかの手段(お金、武力、テクニックなど)→周囲を変える」

といいかえることもできるでしょう。
「○○さえいなくなれば、変わってくれれば」は、アウトサイド・インの典型です。

○「インサイド・アウト」について陥りがちな考え方

ここからは、「インサイド・アウト」について、陥りがちな考え方について紹介します。

(1)「インサイド・アウト」=「自己責任」「自分が悪い」

「インサイド・アウトって、まず自分から始めよう、ってんだから、 要は自己責任でがんばれ、ってことでしょ?」「要は悪いのは他人じゃなくて自分、ってことだよね?」

こういうふうにインサイド・アウトをとらえてしまうと、単なる自己卑下に陥る可能性大。

または、

「私がいじめられてるのは、私に問題があるからだ」
「私が就職できないのは、私に能力がないからだ」

とか、一面的なものの見方、考え方をしてしまうこともありうる。
でも、そんなわきゃないでしょうよ。

私にコントロールできる範囲で私の行動を変えていくことはできますし、また、そうすべきなのですが、それで問題が全て解決するわけじゃない。

とくに、いじめ、とりわけ日本的(?)な「抗空気罪いじめ」の場合、コヴィー博士の言葉を借りれば、互いに単に依存しあってる(「相互依存」ではない。詳細は別の記事で)人間同士が、自立している(詳細は次の記事で)人間に対して、KYのレッテルを貼ることで生じるケースだって、十分にありえる。

(2)「インサイド・アウト」を人に説くことの怖さ

(1)の誤解をしたままで、それを人に説くことは、さらに厄介な問題を引き起こします。

とりわけ、自己努力で社会的な成功をおさめた人は、何かと自己責任を語りがちになります。
その文脈で「インサイド・アウト」を語ってしまいがちです。

「お前らが成功できないのは、インサイド・アウトしてないからだ!俺を見習え!」とかね。

ま、ちょっと考えてみればわかるように、人に変わることを要求してる時点で、これは典型的なアウトサイド・イン。

(3)「インサイド・アウト」は、待ってても起こりにくい

たとえば、上司が嫌いで嫌いでたまらない人が、突然、何のきっかけもなく、その上司のことが好きでたまらなくなる。その結果、上司に対する態度が変わって、上司との関係がよくなる……
こんなのは、「インサイド・アウト」ではありません。
そんな奇跡を期待してはいけません。

そして、「上司のことを好きになろう、好きになろう…」と何万回念じてみたって、それだけでは効果は薄いでしょうね。

○社会課題に対して、インサイド・アウトの第一歩を踏み出そう

結局のところ、「インサイド・アウト」というのはそんなに仰々しい話ではなく、「私ができることを、私が率先してやっていこう!」という、それだけのお話なのだと思います。

「インサイド・アウトの考え方では、私的成功が公的成功に先立つ」と、コヴィー博士は言っています。

「私的成功が公的成功に先立つ」だけを切り取ると、「まず私がお金持ちにならないと、社会のために何かするなんておかしい」という、よく言われがちな「あのお話」のことだと勘違いしがちですが、ここでコヴィー博士が言いたいのはそんなことじゃなくて、「私ができることを、私が率先してやっていこう!」と思って行動しないと、多くの人を巻き込んだ偉大なことはできない、ととらえるべきでしょう。

その点で、社会課題に対して、社会起業家たちは、私ができることを、私が率先してやっていこう!」と考えて、インサイド・アウトの第一歩を踏み出した人々である、ともいえます。

まとめると、「依存から自立へ、そして自立から相互依存へ」のうち、依存から自立へ踏み出す第一歩となる考え方が、インサイド・アウトになります。

次回、「依存から自立」の話、具体的には第一〜第三の習慣のお話をします。
posted by ccc_summit_hiroshima at 04:35| Comment(0) | ひろしま社会起業支援サミット2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

社会起業家に求めるられるのは『資本主義の論理で希望を作り出す勇気』

発起人の森です。

「社会起業についての情報や意見などを、もっとこのブログで紹介してほしい」

そうしたリクエストを受け、私が別に管理している、P-SONICのブログの情報を、このブログにも転記いたします。

この<社会起業とは>シリーズの過去記事は、P-SONICのブログからご覧いただけます。

http://ameblo.jp/p-sonic001/

なお、まぐまぐのメルマガは、ブログに記載されていない、社会起業やNPO運営等に役立つ、様々なお役立ち情報も見ることができます。
 
ブログ右上から、ぜひ登録をお願いいたします。





P-SONIC代表の森です。

今回の記事が、2010年最後の記事になります。
 
2010年をきちんとふりかえり、2011年を、よい1年にしていきたいものです。


個人的には、2010年は、

「しなければいけないと思っていること」と現状とのギャップが大きすぎて、かなり燃え尽き気味になっていたと感じることが多かったです。

 
2011年は、その辺のバランスをとりつつ、できることを着実に積み上げていこうかと思います。

急がば回れ。

本当に、そうなんだろうと思う今日この頃です。


さて、今回のトピックは……

「<社会起業とは>社会起業家に求めるられるのは『資本主義の論理で希望を作り出す勇気』」です!




さて、今回も、

 「80年代のバブル期じゃないんだから、
  経済活動を通して、社会が良くなっている実感がない
  経済活動に、希望が感じられない」

 という点について、ふれてみましょう。
 

 
これまでふれてきたことを前提にして、結論をいえば、


「社会起業家は、だからこそ、経済活動を通して、希望をつくり出そうとする」

 
ということがいえます。


えっ? なんで?

という声が聞こえてきそうなので、これまでのお話を、整理してみましょう。

ただ、整理する際に、「弁証法」という考え方を用いますが。弁証法について、細かいことをいいだすと切りがないので、ここでは、

 「あるひとつの前提となる考え方」を「正(テーゼ)」

 「正が持っている矛盾、不具合から生み出された考え方」を「反(アンチテーゼ)」

 「正と反が持つ矛盾、不具合をより克服した考え方」を「合(ジンテーゼ)」

という定義にしておきます。
そういうことにしておいてください。



さて、この弁証法という考え方を用いてみましょう。

「資本主義は、社会を、人々を幸せにする」(正)

80年代までは、この前提は多くの人に受け入れられましたが、現在ではそうではないという話は、以前しました。

それに対して、

「資本主義は、人々を不幸にする」(反)

という考え方があるという話を、前回しました。

その代表格は共産主義であったけれども、ソ連も崩壊したし、ある程度純粋に共産主義を信奉している日本共産党も、既に全体からすれば死に体である。


従来型の資本主義も、問題を抱えている。
これまでの資本主義の問題といわれているものは…

 ・従業員を不当に、長期間こき使う
 ・負け組は、自己責任だから死んでもいい
 ・株主至上主義、短期で利益を挙げて売り逃げ  などなど
 

かといって、共産主義も、今ではあまりウケがよろしくない。
もう、「資本主義に変わるオプション(代替)はない」というのが、一般に浸透している。


そこで出てくるのが……

「あくまでも資本主義の枠組みの中で、社会の課題を解決する」(合)

という流れ。


「経済活動が、即社会を良くするわけではない。
そんなことはわかっている。
でも、私たちは、だからこそ、経済活動を通して、社会を良くしていくんだ!」



そんな「絶望を土台とした覚悟」のようなものが、社会起業のムーブメントの底辺に流れているのではないか。そんな気がしています。

SRI(社会的責任投資)といった、

「社会に貢献している企業に、積極的に投資しよう!」

という流れは、その一環のように感じます。

一部の人からしたら、「企業(特に大企業)=悪」ですからね。
そうした人からは、このような発想は出ないのでしょうね。
それに、まだまだ「投資=危ない」「投資=金儲け」といった、投資についてのネガティブなイメージは強いですし。

資本主義をベースとしながら、そこで発生する問題点、課題を解決する為に活動する。
社会起業家には、「資本主義の論理で希望を作り出す勇気」が、求められているのだといえます。


twitterへRTするこの記事についてtwitterでつぶやく | @psonic_moriをフォローする@psonic_moriをフォローする
posted by ccc_summit_hiroshima at 12:46| Comment(0) | ひろしま社会起業支援サミット2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

社会起業家は「地獄への道を善意で舗装する」人になるのか? -3-


 発起人の森です。

 「社会起業についての情報や意見などを、
  もっとこのブログで紹介してほしい」

 そうしたリクエストを受け、
 私が別に管理している、P-SONICのブログの情報を、
 このブログにも転記いたします。

 この<社会起業とは>シリーズの過去記事は、
 P-SONICのブログからご覧いただけます。

 http://ameblo.jp/p-sonic001/

 なお、まぐまぐのメルマガでは、
 ブログに記載されていない、
 社会起業やNPO運営等に役立つ、
 様々なお役立ち情報も見ることができます。
 
 ブログ右上から、ぜひ登録をお願いいたします。

------------------------------------------------------------


 P-SONIC代表の森です。

 先週は、土日ともに慌しく過ごしていました。

 土曜日は「コミュニティビジネス起業塾」に参加し、
 日曜日は「シニアのための“これからの豊かな生活”応援フェア」に、
 手伝い兼ブース展示を行っていました。


 「シニアのための“これからの豊かな生活”応援フェア」は、
 UStreamで放送したのですが、音声が聞こえにくかったようです。

(最初は全く聞こえず、
 途中から、マイクをステージ発表者ぎりぎりまで近づけて、
 なんとか、静かな環境でPCの音量を最大にして聞こえる程度)

 後日、YouTubeでダイジェスト版を放送予定ですので、
 期待せずに、お待ち下さい。

 
 土曜日の「コミュニティビジネス起業塾」では、
 福山市にある「平和建設株式会社」の岡田 吉弘社長から、
 話をうかがいました。

 平和建設株式会社のホームページは、こちらから。
 http://www.heiwakensetsu.co.jp/

 岡田社長は、NPO法人「鞆まちづくり工房」の事業を
 手伝うようになったのがきっかけで、
 地域活動に関心を持つようになったとのこと。

 建設会社社長であり、かつ実家が農家という経緯もあって、

 「住」と「農」と「食」の連携を通した、
 瀬戸内の発展を願って、様々な活動を行っておられます。


 たとえば……

・昔作られていた「もち麦」の再生産

・「もち麦」を使っての「瀬戸内地ぱん」の開発

・衰退著しい「備後いぐさ」の生産、
 および製作の過程で捨てられるいぐさを加工して、
 いぐさのランプや掲示板などを製作


 興味深いのは、「農」の分野を行う為に、
 農業生産法人「アグリインダストリー」をたちあげ、
  http://www.agri-in.co.jp/
 
 「食」の分野を行う為に、株式会社紫萌堂を立ち上げるなど、
 目的別に複数の法人を立ち上げている点。
  http://www.shihomame.com/index.html

 岡田社長もそうですが、業種横断的に活動しようとすると、
 複数の法人を作る必要に迫られる傾向があるといえます。

 株式会社でないとできないことや、
 農業生産法人でないとできないことなど、
 法人ごとのメリット、デメリットがあるからなのですが。


 個人的に、興味を持ったのは「瀬戸内地ぱん」。

 「地ぱん」という概念は、岡田社長がオリジナルではなく、
 銀嶺食品工業株式会社の、大橋雄二社長がオリジナルだそうです。
  http://setouchi-jipan.jp/about.html

 私自身、恥ずかしながら「地ぱん」については、
 これまで聞いたことがなく、
 自身の不見識を思い知らされました。
 
 地ぱん。今後のコミュニティビジネスでの、
 一つのキーワードになりそうです。
 これは、ぜひとも多くの人にPRしてみたい。


 岡田社長も言っておられました。

「フランスには、フランスパンがあり、
 世界の多くの国で、その国ならではのパンがある。
 
 しかし、日本には残念ながらそのようなパンはない」

 
 地ぱんが、日本ならではのパンとして定着するよう、
 願うばかりです。


 ……それにしても、こんな台詞、
 どっかで聞いたことがあるような!?


 さて、本題に入ります。

前回まで、「地獄への道は、善意で舗装されている」という言葉を手がかりに、
 派遣村問題などを例題にして、
 社会起業家が陥るかもしれない問題について考えてきました。

 これまでのポイントをまとめると、以下の通り。

1.社会起業家が事業を始めるきっかけは、目の前の社会課題の解決にある。
  社会課題の背景にある問題を見つめないことが多いのではないか。

2.「目の前の社会課題に対する根本策」については、
   様々な観点から見つめないと、問題が解決しないばかりか、
   問題が一層深刻になる事がありえるのではないか。


 この問題1、問題2について、
 ふれてみることにします。


◆問題1について考えない社会起業は、支持を得られない


 まず、問題1について。

 実は、現在第一線で活躍している社会起業家たちは、
 ほぼ社会課題の背景にある問題を見つめ、
 その解決を意識して活動しています。

 例えば、NPO法人コーチズでは、
 高齢者の介護予防運動を行う背景として、

 少子高齢化という人口構造が、
 今後の介護費用の高騰を促す可能性が大いにあり、
 行政、国家が財政破綻を起こすのを防ぐ為にも、

 介護の必要ない高齢者を増やすことを目指しています。


 このことは、逆を言えば、

 社会課題の背景にある問題を明確にし、
 その解決のために活動していることを示せないと、
 活動は広がらないことを示しています。

 一見当たり前のようにみえますが、
 案外、そのことができていないケースも、往々にしてあります。

 また、社会課題の現場にて、第一線で活動していると、
 そうでない場合に比べて、
 その背景にあるものが、見えやすいのも、また事実です。


 まとめると、目の前の社会課題を解決しようとすると、
 往々にして、

「社会課題○○のために、××の活動を行います」

 ということになりがちなのですが、

「○○という社会課題があります。
 そして、その背景には、□□という問題があります。
 私たちは、□□を解決する為に、××の活動を行います」

 と説明することが問われる、というわけです。


 そして「□□という問題」については、

・客観的なデータで示す(そのための資料を集める必要がある)
・活動を通しての「気づき」として示す
(この「気づき」は、その団体のオリジナリティたりうるので、
 他団体との差別化要因になります。
 そして、「気づき」の裏づけデータがとれれば、鬼に金棒です)


◆サービスではWinWinを、アドボカシーでは、財源を含めた意見交換を


 続いて、問題2について。

 問題2については
「事業・活動(サービス)レベル」と「意見・提言(アドボカシー)レベル」の
 それぞれで対応が変わります。

 まず、事業・活動レベルでは、
 基本的な考え方としては、

「全てのステークホルダー(利害関係者)のWin - Winを図る」

 要は、

「この事業、サービスを通して、みんなが何らかの得をする、
 または著しく損害をこうむる人がいない」

 そんな事業をめざす、ということになります。
 
 一見、当たり前のように聞こえますが、
 これが非常に難しい。

 難しさの例としては……

・社会性を強調しすぎて、サービスの質が落ちる。

 「この商品を買うと、○○に寄付されます」といったって、
 ほしくない商品は、買わない。

・誰かに、見返りのない犠牲を強いる
 

 ……などなど、全てのステークホルダーがWin - Winであることは、
 非常に難しい問題なのです。


 注意したいのは、こうしたサービスに、税金が投入された時点で、
 損害をこうむった気になる人が多くいるため、
 派遣村のように、税金が投入されるサービスの場合は、
 使用用途の明確化が必要になります。

(その用途が妥当か、という判断については、
 意見がまとまることは決してないため、
 用途の妥当性については、神経質になってもしかたありません。
 神経質になるべきは、用途の明確化、会計の明確化です)



 意見・提言(アドボカシー)レベルでは、
 
「異なる立場の意見をたたかわせて、
 財源問題を踏まえた妥協点を見いだす」

 より方法がありません。
 具体的には、デモとか討論会とかになるでしょう。
 最近では、ツイッターを使うのも手です。


 例えば、往々にして、行政(国)と市民は対立しますので、
 意見をたたかわせる必要があります。

 ポイントとしては、カネがないと何もできないので、
 可能な限り、財源問題を踏まえて討議すると、
 実のある討議、妥協点の落としどころがでてくるようになります。


 この問題を考えるうえで、好例としてあげたいのが、
 鞆まちづくり工房、および代表の松居さんについて。

 福山市鞆の浦では、交通や産業の問題から(特に交通面)、
 鞆の浦に橋をかけようという動きがでています。
 (確かに、鞆の浦の道路は狭い)

 橋が架かると、景観が損なわれて、
 観光地としての鞆の浦の価値が減る為、
 反対活動も根強い。

 松居さんは、反対派の代表格です。


 ここで、橋を架けるか否かという二元論に終始するのではなく、
 要は「鞆の浦をもっとよくしたい」という、
 より大きな次元で思考。

 そのため、事業・活動(サービス)レベルでは、
 竜馬が宿泊した宿を含め、古い町並みの保全活動を実施。

 意見・提言(アドボカシー)レベルでは、
 反対派の立場に回るわけですが、
 その際も、交通問題を是正する為に、
 橋ではなくトンネルをつくる、という代替案も提示しました。

 結果、この問題は、現状では宙吊りになっているのですが、
 取り組み方としては、学ぶべき所が多いと思います。

 
 
 社会起業家は「地獄への道を善意で舗装する」人になるのか?

 ここまでの努力を行っても、そうなる可能性は、あります。
 しかし、後世の後付け解釈は、
 現在の私たちは知る由もありません。
 
 様々な努力を行いつつ、
 地獄への道ではなく、天国への道を善意で舗装する活動を、
 社会起業家は行っていくことが、求められています。

twitterへRTするこの記事についてtwitterでつぶやく | @psonic_moriをフォローする@psonic_moriをフォローする
posted by ccc_summit_hiroshima at 07:12| Comment(0) | ひろしま社会起業支援サミット2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。