「ひろしま社会起業支援サミット2010」
を開催しました!

・日時:2010年6月27日(日)
・場所:広島経済大学 立町キャンパス
 (市電「立町」からすぐ)

・参加費:無料

 当日の様子等がわかる「事業報告書」はこちらから!
hiroshimasocialsummit2010_report.pdf

2014年12月24日

「強いつながり」外の善行が生存戦略になる時代が来る



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。




今回は「善い人」という点から、
考えてみたいと思います。


○「善い人を目指す=生存戦略」なんてウソでは?


佐々木氏は言います。

他人に寛容になり、他人に与える、
そういう善い人を目指すことが、
いまや道徳でも宗教でもなく、
わたしたちの生存戦略になっているんです。


さて、皆さんは、どう思われますか?
ま、深く考えずに読めば、

「いいこと言ってるね」
くらいの感覚だと思います。

でも、「善い人を目指す=生存戦略」ってのは、
ちょっと考えると、心にひっかかるものがないですか?
これまでの感覚だと。

なぜ、ひっかかるかといえば……

(1)善い人=陰徳を行う人
(2)ボランティアしてて、なんか処世術になる?

(1)でいえば、

いい人は、普通は、

「オレはいいことしてるぞ〜!」とは、
いちいち言いふらさない、ということになっており、
その手の人は、偽善者とみなされる世の中です。

ま、陰徳善事ってやつですよ。

ただ、(2)との関連で言えば、
実はこれまでは、あくまで会社の中とかであれば、
陰徳善事はある種の処世術になる。

「見てくれている人は見ている」ってやつ。

でも、一歩会社の外に出てボランティアをすると、
いったい、誰が「見てくれている人」なのか?
そして、「見てくれている人」がいたとして、
何か自分にいいことがあるの?


○これまでは「強いつながり」外の善行は無意味


もちろん、佐々木氏は、
この点も理解した上で、持論を進めています。

昭和のころはもうひとつ、
せっかく善い人になって善行を積んでも、
現世利益がないよねえということがありました。

「人知れず善行をして、亡くなってからそれがわかる」

なんていうお話を、なぜかみんな好きだった。


…そうなんですよねぇ。

近江商人的な陰徳善事も、
「家永続の願い」からなされるものであり、
狭い意味で言えば、現世利益ではない。

「日本人は無宗教だ」なんて言いますけど、
信じてないのは特定宗教の教義(belief)であって、

言葉にできない感覚というか、
素朴な宗教的実践(practice)については、
はっきりいって、ものすごく信じてる。

陰徳善事も、その一つといえるでしょう。

「善行を積んでも、
うまく立ち回って生きていくための
処世術にはならない」

というあきらめも
あるように思うんですよ。


これは言い方を変えれば、
わざわざ「箱」の外の世界の人たちに
善意を提供する必要もあまりなかった、
ともいえると思うんですよね。

だって、
「見てくれる人は見てる」っていうのは、
農村とか会社とか、
強いつながりの中だからこそ言えるわけで、

外に一歩出ちゃうと、
どんなに善行を積んでも、誰も見てくれない。


…「強いつながり」共同体への善行は、
処世術になるけど、

「社会のため」への善行は、
処世術とは関係ない。
よくて、死んでから賞賛されるだけ。

言い換えれば、

「社会のため」への善行のためには、
 世の中、「強いつながり」共同体との関わりを、
 断ち切る必要があったともいえる。

その点では、宗教と善行とは、
親和性が高い。

だからどこの誰とも分からないような
見知らぬ他人のために役立つよりは、
同じ村や会社の仲間のために役立つほうが、
生きていくための戦略としてはずっと正しかった。

そりゃね、「村や会社のために役立つ」と
「広く社会のために役立つ」が両立するんなら、
それは素晴らしい。

でも実際には、たいていの場合
そのふたつは両立しないんです。


…この指摘は重要ですよね。
ここから、個人的に読み取れそうなことは、

・そりゃ、就活で「社会のために働きたい」とか言ったら、
 落とされるよね。
 普通に、会社のために働けよ。

・だからこそ、CSRとかCSVってのは、
 難しいんですよね。
 たいていの場合、会社の利益と社会の利益は両立しないから。

・そう考えると、コミュニティビジネスとソーシャルビジネスは、
 根本的なところでは両立しないのかも。


○「強いつながり」から「弱いつながり」への
過渡期に起こることとは



しかし、何度も書いているように、
「強いつながり」は崩壊の一途をたどっています。

だからこそ、「弱いつながり」という話が、
出てくるのですが。

会社とか村みたいな「箱」は
いま頼りにならなくなってきちゃってる。

黙々と仕事をしているだけだと、
誰にも認められないまま
リストラされちゃうかもしれないし、
会社が潰れちゃうかもしれない。

「会社のために黙々と仕事をする」よりも、
「広い社会のために善いことをする」というほうが、
正しい生存戦略である、ということです。



問題なのは、現在は、
 「強いつながり」から「弱いつながり」への、
 移行の過渡期だという点。

こうした過渡期には、
過渡期なりの様々な問題が起こってくる。

それが、たとえばブラック企業問題であり、
ネトウヨ的なヘイトスピーチではないかというのが、
佐々木氏の見立てです。

次回は、その点について、
触れていきたいと思います。



※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
posted by ccc_summit_hiroshima at 13:24| Comment(0) | 社会起業トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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