「ひろしま社会起業支援サミット2010」
を開催しました!

・日時:2010年6月27日(日)
・場所:広島経済大学 立町キャンパス
 (市電「立町」からすぐ)

・参加費:無料

 当日の様子等がわかる「事業報告書」はこちらから!
hiroshimasocialsummit2010_report.pdf

2015年02月18日

「自己責任論」を名のるムラ社会論を考える



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット(以下、資料)』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。




今回は少々寄り道。
以前、佐々木氏の、

結局のところ、わたしら日本人は見知らぬ他人に対しては
とても残酷だってことなんですよ。

わたしたち日本人は、実はけっこう苛烈で残酷である。
それをまず認めようじゃないですか。

それを知るところに、
スタート地点はあるんじゃないでしょうか。


という指摘を紹介しました。
今回は、それに関連して、

最近また話題になった、いわゆる「自己責任論」
このテーマについて、考えていくことにします。


○「イスラム国を名のる組織」問題でまた浮上した
いわゆる「自己責任論」



イスラム国を名のる組織(ISIL)によって、
世界的にも話題になった、
日本人の人質殺害事件。
(呼称についての私の考え方は後述)

非常に心の痛い事件であり、
関係者の方々には、お悔やみ申し上げます。

個人的には、イスラム国を名のる組織について、
様々に思うことがあるのですが、
まだそれを整理できていません。

そして、今回の事件における、
日本の反応を見るにつけ、
3・11当時の原発に対する反応と似た、
ちょっとざらっとした皮膚感覚があります。

なんか、まだまだ、
落ち着いて色々考察できそうにもない、
そんな感覚です。

そんなわけで、
イスラム国を名のる組織については、
しばらくふれることはしません(できません)。

ただ、いわゆる「自己責任論」については、
今回のトピックにかかわる問題でもあるので、
ここで整理しておきたい。


○いわゆる「自己責任論」は、
リバタリアニズム的な「自己責任論」とは別個



さて、先ほどから、
いわゆる「自己責任論」と、
「いわゆる」を協調しているのは、

いわゆる「イスラム国」と同じ使い方。

今回また話題になった、
いわゆる「自己責任論」は、
リバタリアニズム的な「自己責任論」とは、
やっぱり別個のモノだろうと思うからです。

もっと別の言い方でいえば、

「自己責任論」を名のるムラ社会論

こちらのほうがしっくりきます。
リバタリアニズム的な「自己責任論」の場合、
必ず「個人の自由」がセットになっています。

リバタリアニズムってのは、

「他者の権利を侵害しない限り各人は自由であり、
 政府が干渉すべきでなく、
 最大限尊重すべきであるとする。」

という思想ですね。

別に、リバタリアニズムでは、表だって、
「自己責任」を強烈に打ち出すことはないですが、

政府とか他のグループが、
自由を干渉することはあってはならない以上、
自己自由と自己責任は、セットになっている。

いわば、自由が中心にあって、
自己責任はその影のようなモノ。


○いわゆる「自己責任論」は
企業関係者には適応されにくい



それに対して、
「自己責任論」を名のるムラ社会論ってのは、
全然異質なモノですね。

さて、ここで、
皆さんのアタマで考えていただきたい
問題があります。
今回の、いわゆる自己責任論では、

「テロリストの本拠地に
自分で乗り込んで捕まったんだから、
それは自己責任だ」

というもの。

では、次の場合、
アナタは、それは自己責任だと思いますか?

A.本拠地周辺国で活動するNGO、ジャーナリストが捕まった
B.本拠地周辺国で活動する企業関係者が捕まった
C.日本において、テロリストに批判的な
  NPO、ジャーナリストが捕まった
D.日本において、反テロリスト側(米国など)と取引している
  企業関係者が捕まった
E.日本において、テロリストと関連のない市民が捕まった


個人的に、いわゆる自己責任論が
起こると思われる率を、以下に記します。

A>>>C>B>D>E

たぶん、この力加減になると思います。

というのも、
みなさまは、2013年1月16日に発生した、
アルジェリアにおけるテロ事件を、
おぼえていますでしょうか?

アルジェリアのイナメナス付近の
天然ガス精製プラントをイスラム系武装集団が襲撃し、
本プラント建設に従事していた関係者が拘束され、
日本人10名を含む33名の外国人が亡くなるという
大惨事となった。


http://www.risktaisaku.com/sys/news/?p=339


個人的に、この報道のあった際に、

「アルジェリアという、治安が不安定なところに、
進出する企業関係者がテロリストに捕まっても、
それは自己責任だ」

といった議論は、
寡聞にして聞いたことがありません。

むろん、このときに、
テロリストが身代金を要求してきた場合は、
自己責任論がわいて出た可能性はありますが…

アルジェリア事件の際にあった議論は、
企業のリスク管理という、
極めて常識的、かつまっとうな議論であり、
今回のいわゆる自己責任論とは、一線を画します。

ただ、個人的に、
これがNGOとかだったら、
もっと違った反応だったんじゃないか。
なんてうがった見方をしてしまいます。


○いわゆる「自己責任論」は、
ムラを飛び出したアウトサイダーへの制裁



「自己責任論」を名のるムラ社会論の場合、

「ムラの中にいる人間は家族、共同体の一員だから、
 相互の絆で助け合うべき」

「しかし、ムラから出た人間は、
 のたれ死のうが何しようが、
 知ったこっちゃない。

 まして、村人たちに
 迷惑をかけるようなことは、
 決して許されない。

 なぜって、ムラを出たのは、
 そいつの自己責任だから」


「自己責任論」を名のるムラ社会論では、

 自己責任ってのは、
 自由に付随する影ではなく、
 ムラの裏切り者に対する、ある種の制裁のこと。

だから、いわゆる「自己責任論」な、
そんな話題が出た場合は、

ムラのオキテを破ったアウトサイダーに対する、
制裁なんだと思えば、
その執拗な攻撃性を理解できると思います。

となれば、NPO、NGOやジャーナリストが、
企業関係者よりも、
何かと自己責任論で叩かれやすいのは、

日本人は、
企業ムラに属していない人を、
村人だとみなしていないからだと考えれば、
その背景が理解できると思います。

一部に、今回のいわゆる「自己責任論」を、
リバタリアニズムというか、
いわゆる「新自由主義」の文脈で、
批判する人もいるようですが、

これは、個人的には、
かなり的外れな議論だろうと思います。

べつに、小泉政権以降、
多くの日本人が突然リバタリアニズムに目覚め、
自由の影としての自己責任を、
追及するようになったとは、
とてもじゃないですが、思えませんね。

日本人は、昔も今も、

結局のところ、
わたしら日本人は見知らぬ他人に対しては
とても残酷だってことなんですよ。



○国とムラと個人との責任のバランス


さて、
「自己責任論」を名のる
ムラ社会論について理解し、

かつ、ムラは崩壊の一途をたどっている、
という現実を理解した上で、

私たち一人一人は、どうしたらいいのか?
いくつかの考え方があると思います。

(1)国家は個人の自由には関与しないが、
   生命や経済面で国民を守る義務がある
(2)ムラをなんとしても守るべき
(3)リバタリアニズムを追及する


(1)は、いわゆるリベラル的考え方です。
経済的には、国家による所得再分配を重視します。

「自己責任論」で
国民を突き放すことは一切無い。

(2)は、いわゆる自民党的な手法です。
伝統を重視し、ムラによるセーフティネットの、
再構築をはかる。

ここでは当然、
「自己責任論」を名のるムラ社会論が重視されます。
そうでないと、ムラが維持できない。

それに対して、(3)は、
基本的には国は所得再分配も規制もしない。
個々人はホントの意味で自己責任。

社会的弱者の支援は、国ではなく、
個々人の自由意志でなされるべき。
ぶっちゃけ、日本の主流的なありかたは、
(1)か(2)ですね。

佐々木俊尚氏も、
どちらかといえば、(1)の立場といえます。
NPOや社会起業家のほぼ全員、
同様に(1)の立場になるといえます。

リバタリアニズムを追求しきることは、
日本では難しいんじゃないかなぁ。

ただ、規制緩和とかとなると、
一部リバタリアニズムが出てきますがね。
私自身の立場は、
まだ明確化しきてれいないところもあるので、

今後とりあげていく、
社会起業の<革新性>と、
絡めて考えていくことにしたい。


○おまけ 〜「イスラム国を名のる組織」の呼称について〜


「イスラム国」を名のる組織(ISIL)について、
呼称については、色々と議論があるようですが、
どうも、

(1)国じゃないんだから「イスラム国」はまずい
(2)イスラム教と同一視すべきでないので、
  「イスラム国」はまずい

といった観点があるような気がします。

 もちろん、私自身、
 イスラム国を国と認めてなんていないし、
 大多数のイスラム教徒の方々は、
 平和を愛する善良な方々であると考えています。

で、その代わり、

・ISIL:イラクとレバントのイスラム国(Islamic State of Iraq and Levant)
・ISIS:イラクとシリアのイスラム国(Islamic State of Iraq and Syria)
・IS:イスラム国(Islamic State)

といった略称が使われることが一般的です。
最近では、ISが主流のようです。
(本人たちがISを名のってる)

で、ほかにも、

・ダーイシュ:イラクとシャームのイスラム国
 (al-Dawla al-Islamiya fi al-Iraq wa al-Sham)

といったものがありますね。

日本国としては、ISILに統一しようということに、
なっていきそうです。
とりあえず、ごくごく個人的な意見としては、

(1)「ISIS」「IS」は使いたくない
(2)結局、全部の略称に「イスラム国」が入ってる
(1)はごくごく簡単な理由で、

「ISIS」も「IS」も、
いろいろ他に使われてるから。

「イスラム国」という呼び方は、
イスラム教徒に失礼だ、
というのは、うなずける意見ですが、

その考え方で言えば、
「ISIS」「IS」という略称を、
かの組織に割り振ってしまうのは、
他の意味で使用されている正式名称に、
失礼とも言える。

ISISの場合、
エジプト神話の女神(イシス)でもあるので、
例の組織のイメージを、
かえって向上させている気もする。

ISに至っては、
ISで検索したところで、

トップに検索されるのは、
Islamic Stateではなく、
Infinite Stratosなのだから、

いろいろな意味で、
どうなのかという気がする。

加えて、ISで次にヒットするのは、
トヨタ車のレクサス。
TOYOTAのイメージダウンに寄与しそう。

それは日本国経済にとっても、
いい影響があるとは思えない。
そう考えると、ISILかダーイシュが、
いいのかもしれないけど、
結局、両方とも意味としてはイスラム国。

だったら、ごくごく個人的には、
「イスラム国を名のる組織」、でいいのでは?
そんなことを思うのです。

ただ、今後は、面倒事も嫌なので、
ISILにしておこうかな、とは思ってます。
日本国公式みたいですしね。
このへんは、各自の考え方になるのでしょうから、
強制できる問題でもないと思っています。

ま、状況に応じて、
この問題は臨機応変に対処したいと思います。




※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
posted by ccc_summit_hiroshima at 19:20| Comment(0) | 社会起業トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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