「ひろしま社会起業支援サミット2010」
を開催しました!

・日時:2010年6月27日(日)
・場所:広島経済大学 立町キャンパス
 (市電「立町」からすぐ)

・参加費:無料

 当日の様子等がわかる「事業報告書」はこちらから!
hiroshimasocialsummit2010_report.pdf

2015年02月25日

「ためまっぷプロジェクト」清水義弘代表インタビュー 〜ためまっぷ誕生秘話編〜



以前紹介した「ためまっぷプロジェクト」
クラウドファンディングサイト「READYFOR?」での
クラウドファンディングにて、
見事、130万円もの寄付を集めることに成功しました。

tamemap1

https://readyfor.jp/projects/tamemap/

「クラウドファンディングで寄付集め」

といえば、
今までにない手法で、簡単に寄付が集まるイメージが、
ひょっとしたらあるかもしれません。

以下の資料によると、
 データが古いですが、2013年5月13日時点で、
 READYFOR?は掲載されたプロジェクトの66%が達成した様子。

"「クラウドファンディング学習会」トークセッション レポート"
http://epohok.jp/news/index.php?page=article&storyid=158

ただ、どう考えても、
 プロジェクトを始めたら、
 自動的にどこからか寄付が集まる、
 なんてわけはない。

「クラウドファンディング成功の秘訣は何か?」

ネット上でもいろいろな成功法則がまとまっていますが、
実際にクラウドファンディングに成功した人に、
色々とお話を伺うほうが、エキサイティングですよね。

そんなわけで、
「ためまっぷプロジェクト」の清水義弘代表に、
 いろいろとお話を伺ってきました。

「ためまっぷプロジェクト」に至るまでの物語、
クラウドファンディングを始めようと思った理由、
クラウドファンディングに際しての戦略や意識したこと……etc

 第1回は、
 清水代表が「ためまっぷプロジェクト」に至るまでの、
 物語についてです。

かなり熱い物語です。


○SEとしてアメリカに渡った際に9・11を見た


−清水代表は、「ためまっぷプロジェクト」を始める前は、
 長年SE(システムエンジニア)として、活躍されたとのことですが、
 SE時代は、どのような仕事、生活だったのですか?

活躍はしていません。
学校を卒業してから、すぐにIT業界に入ったわけではありません。

見えない法律に違和感があり法学部に、
卒業後は司法試験の勉強を少しやりましたが、
結局挫折しました。

その後、理系の親の影響と、
人の曖昧な判断で裁かれない社会を
コンピューターで作れないのかと考え始めていて、
飛び込み営業で自分の適性を探りながら、
IT業界に入ることができました。


−「ためまっぷプロジェクト」を企画したくらいですから、
 やはりシステム開発系の仕事に携わっていたのですか?

そうですね。CとかC++とかJAVA(※1)を使って、
システム開発を行っていました。

(※1)いずれも、コンピュータ言語。

最初の会社は、入って数年で経営が傾いてしまい、
そのあとはしばらく、フリーランスで、
数社程度常駐して働いていました。

そうしているうちに、

「海外で働いてキャリア・アップしたい!」
という欲もありまして、

そんなときに、海外の日系企業での案件がありましたので、
根拠のない不思議な自信で応募してみると、
なんと通ることができました。
アメリカ、ニューヨークです。

ニューヨークには、
1年半ほどいてたくさんの出会いがありましたが、
ニューヨークに移って1ヶ月ほどして、
非常に衝撃的な事件がありました。


−それは、どのような事件だったのですか?

 9・11です。

−それは、確かに衝撃的でしたね……

ある朝仕事場に着くと、ビルから煙が出ているわけですよ。
すぐに犯人はわからなかったので
人種差別も起こるだろうという話しも出ていました。

数ヶ月PTSDになりましたし、
その時の日本からの安否確認の連絡はとても嬉しかったです。

その後も仕事を続けて、日本食レストランバーに通い、
倒壊現場をボランティアで復興するアメリカ人と話をしたり、
仲良くしてもらいました。

ただ、9・11を前後して、
アメリカに住んで肌で感じたのは、
やっぱり、極端な貧富の差でした。

貧しい人は、働き盛りなのに職もなく
昼間に町中で働く人たちを道路のわきから羨ましそうに見つめている。
そのすぐ近くの家には、豪華なプールがある。

個人的には、その人たちを見て、
子供や親が瀕死になっても病院に連れて行くお金もなくて、
誰も助けてくれないような、こんなに格差が激しかったら、
そりゃ、テロだって起こるんじゃない?
そんなことを思っていました。

一方で、芸術や芸能に夢を掛けて渡米した日本の若者たちがいる。
でも成功する人は一握りで、
不安と隣り合わせの日々をお互いが支えあって強く生きている。
涙が出ました。

現地で知り合った方から、
日本人母子でお金がなくて困っている人の支援の話しがあり、
2週間ほど部屋を提供したことがありました。
迷惑を掛けないようにと気遣いながらも懸命に暮らしています。


−慣れない生活の中で、一人で生活するというのは、
 大変ではなかったですか?

職場は日系企業でしたので、
仕事面では、日本とあまり変わりませんでした。

ただ、買い物などは大変でしたね。
日常品ならともかく、
家電の取り付けとか、ドライバーライセンス取得とか、
バスの乗り降りとか……

「近いうちに遊びに行くよ」と言っていた、
日本にいた友達も、
9・11後は、やっぱり来たがりませんでした。

そんな中で、それでも日本から来てくれた女性と、
ニューヨークで結婚して、生活し始めました。


○育児孤立、そして3・11


−ニューヨークの後は、日本に戻られたのですか?

妻が、結局アメリカの生活になじめなくて、
日本に帰りたいと言い出しました。

私の仕事面でも、仕事も一区切りついて、
契約的にもちょうど区切りだったので、
日本に戻ることにしました。

日本に戻ったら、
以前の会社時代の知り合いが起業するというので、
私もそこに加わって、数人で起業しました。

起業ということもあって、
最初の数年は、ほとんど会社にかんづめでした。

そんな中で子どもが生まれたのですが、
妻も、諸事情あって育児に専念できる状態ではなく、
家族の支援もあまりなく、近所づきあいもあまりない。


−まさに、「ためまっぷプロジェクト」紹介文で
 何度も登場する、「孤立」状態ですね。

そうですね。

ただ、そのときは「孤立」とか気づかず、それが当たり前で、
とにかく「自分がなんとかしなきゃ」という思いで、
やっていました。

そんな状態だったからだとは思いますが、
年金問題が話題になったときには、
世代間格差の問題には、関心をもっていました。

そうこうしていると、会社のお客様のつながりから、
地元の青年会議所(JC)への誘いがありました。
会費は塾の月謝並みですが、
世の中を知りたいと気になっていましたので、
まずは見学から参加させていただくことにしました。

JCとの関わりの中で、
野球球団の後援会、ライオンズクラブなど、
市民活動、地域活動をしている人と出会い、
イデオロギーはいろいろありますが、
たくさんの素晴らしい仲間に出会うことができました。

また「こんな近くにこういう活動をしている人たちがいたんだ」と、
気づかされました。

そして、JCに入ってしばらくして、
非常に衝撃的な事件がありました。


−それは、どのような事件だったのですか?

3・11です。

−確かに衝撃的でしたね…… 

 被災者以外でも、
 「3・11」が人生の転機になったという人は多いですが、
 清水代表の場合、9・11、3・11ともに、
 人生の転機になったのですね。

3・11後に、JCに、
その前にあった新潟の大地震での震災ボランティアをされた方がいて、
その方から、

「現地に行かないとわからないことがある」

と言われたのもあって、
会社を1週間休んで、震災ボランティアに出かけました。


−震災ボランティアでは、どのようなことをされたのですか?

気仙沼の小学校体育館に、50人程度避難していたのですが、
そうした避難者の生活支援を行っていました。

朝5時に起きて、夜0時、1時まででしたので、
非常にハードではありました。


−震災ボランティアで印象に残ったことはありますか?

支援期間後半の朝ご飯の時に、避難者の方々が、

「たくさん支援してもらったから、
生活が落ち着いたら、皆さんに何かお礼をしないとねぇ」

と言われたときに、

「なぜ、突然多くを失った今の極限環境の中で、
人のことを思いやれるのか?」

と、非常に印象に残りました。
ボランティアから戻ると、
周りのみんなは、相変わらず、
自分のことにきゅうきゅうとしている。

「何か、違うんじゃないか」という思いは、
その時、確かに感じました。


○広島に戻って、ためまっぷに至るまで


−SEとしての仕事は、主に東京、千葉であったとのことですが、
 なぜ広島に戻られたのですか?

理由は2つあって、

一つは、妻や妻の家族との育児トラブルによる離婚。

もう一つは、父親の実家が広島なのですが、
父親から「帰ってきて欲しい」と言われたからです。
広島に戻ったあと、
父親の今後のことや、これまで色々感じたこともあって、
介護や地域の現場でSEの経験を生かした仕事を
したいと考えるようになりました。

そんな中、ハローワークにて、
介護系の企業やNPOが集まっての説明会があり、
そこに参加しました。

その中で、一番心にぐさりと刺さったのが、
NPO法人「もちもちの木」(竹中庸子代表)のプレゼンでした。

介護説明会のプレゼンで、いきなり、

「あなたは、死ぬ時にどうなっていたいですか?」
「あなたは、20年後の人口構成の中で、
 社会はどうなると思いますか?」

といった話が始まったときは、
正直、驚かされました。


−それは、確かに驚きですね……

しかし、これまで色々と感じてきたことと、
ぴったりと整合するところもあり、

「もちもちの木」のお手伝いを、
することになりました。
竹中代表は、地域の子どもから高齢者まで、
多世代の交流を推進していました。

そんな中、そのつながりで、
「さくら洋裁」という、
高齢者の方々が行っている洋裁グループと出会いました。


−「さくら洋裁」といえば、
 「ためまっぷプロジェクト」のギフトの中に名前がありましたね。

そうですね。
ギフトの写真を見ていただければ分かると思いますが、
素人洋裁ではなく、プロの洋裁グループです。

せっかくなので、これまでの経験を生かして、
インターネットでの商品販売を手伝おうとしていたのですが、
店舗が維持できなくなってしまいました。

現在は、店舗ではなく、
洋裁教室として、公民館のような施設で活動されています。

「さくら洋裁」の方々は、本当にいい人で、
被爆者ということもあり、身よりのない人も多い。
時代に巻き込まれたけど人のせいにせず懸命に生きてこられた。

 こうした人たちが、もっといろいろな形で、
 地域や、あるいは子どもたちと、
 もっと関わりを持てるようになったら、
 どんなにいいだろうか。

そんなことを思っていました。

 子どもたちは子どもたちで、
 地域との関わりが、本当に希薄になっている。

私も、子どもをどこに遊びに連れて行くか、
非常に迷ったものです。

会社時代の同僚や同世代たちは、
子どもによい体験をさせたがっていますが、
行くとしても有料のプレイスポットや観光地、
終いにはジャスコめぐり。

また、同僚たち自身も、
地域、というより、人とあまり接点がない。
IT企業でも、サラリーマンは全般的に、そういう人が多い。

では、どうやって、
「さくら洋裁」の方々のような人と、
地域の方々、地域の子どもたちと、
接点を持たせることができるのか?

ホームページを作っても、
この手の情報を、人が積極的にアクセスすることはない。

FacebookなどのSNSネットワーク、といっても、
新規にネットワークを広げるのは、
高齢者には大変。

何より、高齢者がITを使いこなすのは、
ハードルが高い。


−それで、「ためまっぷプロジェクト」になるのですね。

その前に至った結論は、

「まずは、チラシから始めるしかない」

PCが使えなくても、
手書きで、上手なチラシを作ることはできる。

それで、ある日、
まちづくり市民交流プラザに行ったときに、
興味深いイベントのチラシが、壁に張ってあったんです。

「とりあえず、スマホで写真撮って、
あとで概要くらいは読めるだろう」

と思って写真撮ったら、
細部まで、全部読めるんですよね。

「これをシステム化すれば、
 PCが使えない高齢者と、
 地域で孤立する家庭、子どもとのつながりを、
 持てるようになるのではないか?」

と思ってはじめたのが、
「ためまっぷプロジェクト」のコンセプトです。

クラウドファンディングを始める前から、
このコンセプトに賛同してくれる方も、
出てくるようになりました。

「ためまっぷプロジェクト」スタッフで、
デザイナーと子育てをされている田中尚美さんは、

まちづくり市民交流プラザでチラシを見つけたときには、
もう申し込み〆切を過ぎていた。

そんな経験から、
「ためまっぷプロジェクト」のコンセプトに賛同して、
チラシ作成などを、今も積極的に手伝ってくれています。

また、安田女子大学の先生も
自身の教育系ワークショップで紹介の時間をくださり、
参加していた学生たちが共感して、

私たちのコンセプトに、
「ためまっぷ」という名前をつけてくれました。



※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
posted by ccc_summit_hiroshima at 20:48| Comment(0) | 社会起業家インタビュー(2015) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月18日

「自己責任論」を名のるムラ社会論を考える



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット(以下、資料)』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。




今回は少々寄り道。
以前、佐々木氏の、

結局のところ、わたしら日本人は見知らぬ他人に対しては
とても残酷だってことなんですよ。

わたしたち日本人は、実はけっこう苛烈で残酷である。
それをまず認めようじゃないですか。

それを知るところに、
スタート地点はあるんじゃないでしょうか。


という指摘を紹介しました。
今回は、それに関連して、

最近また話題になった、いわゆる「自己責任論」
このテーマについて、考えていくことにします。


○「イスラム国を名のる組織」問題でまた浮上した
いわゆる「自己責任論」



イスラム国を名のる組織(ISIL)によって、
世界的にも話題になった、
日本人の人質殺害事件。
(呼称についての私の考え方は後述)

非常に心の痛い事件であり、
関係者の方々には、お悔やみ申し上げます。

個人的には、イスラム国を名のる組織について、
様々に思うことがあるのですが、
まだそれを整理できていません。

そして、今回の事件における、
日本の反応を見るにつけ、
3・11当時の原発に対する反応と似た、
ちょっとざらっとした皮膚感覚があります。

なんか、まだまだ、
落ち着いて色々考察できそうにもない、
そんな感覚です。

そんなわけで、
イスラム国を名のる組織については、
しばらくふれることはしません(できません)。

ただ、いわゆる「自己責任論」については、
今回のトピックにかかわる問題でもあるので、
ここで整理しておきたい。


○いわゆる「自己責任論」は、
リバタリアニズム的な「自己責任論」とは別個



さて、先ほどから、
いわゆる「自己責任論」と、
「いわゆる」を協調しているのは、

いわゆる「イスラム国」と同じ使い方。

今回また話題になった、
いわゆる「自己責任論」は、
リバタリアニズム的な「自己責任論」とは、
やっぱり別個のモノだろうと思うからです。

もっと別の言い方でいえば、

「自己責任論」を名のるムラ社会論

こちらのほうがしっくりきます。
リバタリアニズム的な「自己責任論」の場合、
必ず「個人の自由」がセットになっています。

リバタリアニズムってのは、

「他者の権利を侵害しない限り各人は自由であり、
 政府が干渉すべきでなく、
 最大限尊重すべきであるとする。」

という思想ですね。

別に、リバタリアニズムでは、表だって、
「自己責任」を強烈に打ち出すことはないですが、

政府とか他のグループが、
自由を干渉することはあってはならない以上、
自己自由と自己責任は、セットになっている。

いわば、自由が中心にあって、
自己責任はその影のようなモノ。


○いわゆる「自己責任論」は
企業関係者には適応されにくい



それに対して、
「自己責任論」を名のるムラ社会論ってのは、
全然異質なモノですね。

さて、ここで、
皆さんのアタマで考えていただきたい
問題があります。
今回の、いわゆる自己責任論では、

「テロリストの本拠地に
自分で乗り込んで捕まったんだから、
それは自己責任だ」

というもの。

では、次の場合、
アナタは、それは自己責任だと思いますか?

A.本拠地周辺国で活動するNGO、ジャーナリストが捕まった
B.本拠地周辺国で活動する企業関係者が捕まった
C.日本において、テロリストに批判的な
  NPO、ジャーナリストが捕まった
D.日本において、反テロリスト側(米国など)と取引している
  企業関係者が捕まった
E.日本において、テロリストと関連のない市民が捕まった


個人的に、いわゆる自己責任論が
起こると思われる率を、以下に記します。

A>>>C>B>D>E

たぶん、この力加減になると思います。

というのも、
みなさまは、2013年1月16日に発生した、
アルジェリアにおけるテロ事件を、
おぼえていますでしょうか?

アルジェリアのイナメナス付近の
天然ガス精製プラントをイスラム系武装集団が襲撃し、
本プラント建設に従事していた関係者が拘束され、
日本人10名を含む33名の外国人が亡くなるという
大惨事となった。


http://www.risktaisaku.com/sys/news/?p=339


個人的に、この報道のあった際に、

「アルジェリアという、治安が不安定なところに、
進出する企業関係者がテロリストに捕まっても、
それは自己責任だ」

といった議論は、
寡聞にして聞いたことがありません。

むろん、このときに、
テロリストが身代金を要求してきた場合は、
自己責任論がわいて出た可能性はありますが…

アルジェリア事件の際にあった議論は、
企業のリスク管理という、
極めて常識的、かつまっとうな議論であり、
今回のいわゆる自己責任論とは、一線を画します。

ただ、個人的に、
これがNGOとかだったら、
もっと違った反応だったんじゃないか。
なんてうがった見方をしてしまいます。


○いわゆる「自己責任論」は、
ムラを飛び出したアウトサイダーへの制裁



「自己責任論」を名のるムラ社会論の場合、

「ムラの中にいる人間は家族、共同体の一員だから、
 相互の絆で助け合うべき」

「しかし、ムラから出た人間は、
 のたれ死のうが何しようが、
 知ったこっちゃない。

 まして、村人たちに
 迷惑をかけるようなことは、
 決して許されない。

 なぜって、ムラを出たのは、
 そいつの自己責任だから」


「自己責任論」を名のるムラ社会論では、

 自己責任ってのは、
 自由に付随する影ではなく、
 ムラの裏切り者に対する、ある種の制裁のこと。

だから、いわゆる「自己責任論」な、
そんな話題が出た場合は、

ムラのオキテを破ったアウトサイダーに対する、
制裁なんだと思えば、
その執拗な攻撃性を理解できると思います。

となれば、NPO、NGOやジャーナリストが、
企業関係者よりも、
何かと自己責任論で叩かれやすいのは、

日本人は、
企業ムラに属していない人を、
村人だとみなしていないからだと考えれば、
その背景が理解できると思います。

一部に、今回のいわゆる「自己責任論」を、
リバタリアニズムというか、
いわゆる「新自由主義」の文脈で、
批判する人もいるようですが、

これは、個人的には、
かなり的外れな議論だろうと思います。

べつに、小泉政権以降、
多くの日本人が突然リバタリアニズムに目覚め、
自由の影としての自己責任を、
追及するようになったとは、
とてもじゃないですが、思えませんね。

日本人は、昔も今も、

結局のところ、
わたしら日本人は見知らぬ他人に対しては
とても残酷だってことなんですよ。



○国とムラと個人との責任のバランス


さて、
「自己責任論」を名のる
ムラ社会論について理解し、

かつ、ムラは崩壊の一途をたどっている、
という現実を理解した上で、

私たち一人一人は、どうしたらいいのか?
いくつかの考え方があると思います。

(1)国家は個人の自由には関与しないが、
   生命や経済面で国民を守る義務がある
(2)ムラをなんとしても守るべき
(3)リバタリアニズムを追及する


(1)は、いわゆるリベラル的考え方です。
経済的には、国家による所得再分配を重視します。

「自己責任論」で
国民を突き放すことは一切無い。

(2)は、いわゆる自民党的な手法です。
伝統を重視し、ムラによるセーフティネットの、
再構築をはかる。

ここでは当然、
「自己責任論」を名のるムラ社会論が重視されます。
そうでないと、ムラが維持できない。

それに対して、(3)は、
基本的には国は所得再分配も規制もしない。
個々人はホントの意味で自己責任。

社会的弱者の支援は、国ではなく、
個々人の自由意志でなされるべき。
ぶっちゃけ、日本の主流的なありかたは、
(1)か(2)ですね。

佐々木俊尚氏も、
どちらかといえば、(1)の立場といえます。
NPOや社会起業家のほぼ全員、
同様に(1)の立場になるといえます。

リバタリアニズムを追求しきることは、
日本では難しいんじゃないかなぁ。

ただ、規制緩和とかとなると、
一部リバタリアニズムが出てきますがね。
私自身の立場は、
まだ明確化しきてれいないところもあるので、

今後とりあげていく、
社会起業の<革新性>と、
絡めて考えていくことにしたい。


○おまけ 〜「イスラム国を名のる組織」の呼称について〜


「イスラム国」を名のる組織(ISIL)について、
呼称については、色々と議論があるようですが、
どうも、

(1)国じゃないんだから「イスラム国」はまずい
(2)イスラム教と同一視すべきでないので、
  「イスラム国」はまずい

といった観点があるような気がします。

 もちろん、私自身、
 イスラム国を国と認めてなんていないし、
 大多数のイスラム教徒の方々は、
 平和を愛する善良な方々であると考えています。

で、その代わり、

・ISIL:イラクとレバントのイスラム国(Islamic State of Iraq and Levant)
・ISIS:イラクとシリアのイスラム国(Islamic State of Iraq and Syria)
・IS:イスラム国(Islamic State)

といった略称が使われることが一般的です。
最近では、ISが主流のようです。
(本人たちがISを名のってる)

で、ほかにも、

・ダーイシュ:イラクとシャームのイスラム国
 (al-Dawla al-Islamiya fi al-Iraq wa al-Sham)

といったものがありますね。

日本国としては、ISILに統一しようということに、
なっていきそうです。
とりあえず、ごくごく個人的な意見としては、

(1)「ISIS」「IS」は使いたくない
(2)結局、全部の略称に「イスラム国」が入ってる
(1)はごくごく簡単な理由で、

「ISIS」も「IS」も、
いろいろ他に使われてるから。

「イスラム国」という呼び方は、
イスラム教徒に失礼だ、
というのは、うなずける意見ですが、

その考え方で言えば、
「ISIS」「IS」という略称を、
かの組織に割り振ってしまうのは、
他の意味で使用されている正式名称に、
失礼とも言える。

ISISの場合、
エジプト神話の女神(イシス)でもあるので、
例の組織のイメージを、
かえって向上させている気もする。

ISに至っては、
ISで検索したところで、

トップに検索されるのは、
Islamic Stateではなく、
Infinite Stratosなのだから、

いろいろな意味で、
どうなのかという気がする。

加えて、ISで次にヒットするのは、
トヨタ車のレクサス。
TOYOTAのイメージダウンに寄与しそう。

それは日本国経済にとっても、
いい影響があるとは思えない。
そう考えると、ISILかダーイシュが、
いいのかもしれないけど、
結局、両方とも意味としてはイスラム国。

だったら、ごくごく個人的には、
「イスラム国を名のる組織」、でいいのでは?
そんなことを思うのです。

ただ、今後は、面倒事も嫌なので、
ISILにしておこうかな、とは思ってます。
日本国公式みたいですしね。
このへんは、各自の考え方になるのでしょうから、
強制できる問題でもないと思っています。

ま、状況に応じて、
この問題は臨機応変に対処したいと思います。




※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
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posted by ccc_summit_hiroshima at 19:20| Comment(0) | 社会起業トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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