「ひろしま社会起業支援サミット2010」
を開催しました!

・日時:2010年6月27日(日)
・場所:広島経済大学 立町キャンパス
 (市電「立町」からすぐ)

・参加費:無料

 当日の様子等がわかる「事業報告書」はこちらから!
hiroshimasocialsummit2010_report.pdf

2014年10月20日

ムラ社会から、見知らぬ他人を信頼する弱いつながりへ



佐々木俊尚氏の『自分でつくるセーフティネット』をベースに、
「みんなが社会起業家」を考え直すシリーズ。




今回は、「弱いつながり」「見知らぬ他人を信頼する」
そんなテーマで考えてみたいと思います。

このテーマは、以下の流れで考えていきます。

(1)強いつながり「きずな」批判
(2)「ウイーク・タイズ」理論
(3)インターネット総透明社会とムラ社会

まず、強いつながり「きずな」批判は、
さくっといきましょう。

個人的にも、「きずな」については、
これまで何度も何度も、形を変えて批判してきました。

佐々木俊尚氏がしている批判も、
私がしてきた批判と、ほぼ一緒です。

「きずな」って見方を変えれば、
実は「同調圧力」と同じこと。

明るい面を見るか、暗い面を見るか、
という違いでしかないんです。


これからのわたしたちは「きずな」にこだわらずに、
弱いつながりを大切にしていくほうが、
安全なセーフティネットの再生につながっていくんです。



○1970年代に日本化したアメリカ
日本は総透明社会でアメリカ化する?



では、「きずな」に代わる弱いつながりとはなにか?

それを考える上で役に立つのが、
マーク・グラノベッター氏の「ウイーク・タイズ」理論

「ウイーク・タイズ」理論について、
佐々木氏は以下のように紹介しています。

新しい仕事についての情報は、
弱いつながりを伝って流れてくるほうが多い。
強いつながりからは、あまりそういう情報は流れてこない


これは、異業種交流をイメージするとわかりやすい。

だって弱いつながりってことは、
相手と自分の共通点が少ないってことだから、
自分の知らない情報を相手が持ってる可能性はとても大きい


…いかがでしょうか。

ただ、「異業種交流で人脈つくってうんぬん」自慢してる人が、
典型的な意識高い系として批判されるように、

現状、そうした「弱いつながり」は、
「だからどうしたの?」になりやすい。

その「だからどうしたの?」には、
歴史的な重みがある。

その重みとは、農村社会、ムラ社会という、
日本社会の基盤となっている重み。

この農村の特徴って何だったのかというと、
それこそが「人を見たら泥棒と思え」ということだったんですよ。

村の中の人とは信頼しあって、
強いきずなで団結して生きていくけれども、
外の人は基本的に信用しない。


で、日本文化論になってしまうのですが、
佐々木氏も紹介しているのが、

山岸俊男氏の『信頼の構造』




(山岸俊男氏は)ムラ社会は安心だけど、信頼がないのだって
ばしっと断言されてるんですよ。

日本人が和を重んじているように見えるのは、
決してきずなが強くてたがいを信頼しているからではなくて、
相互監視の仕組みがあるからだ


相互監視で、信頼はないけど、
ある種の安心はある。

その安心をベースにセーフティネットをつくる。
それは「外の人は基本的に信用しない」と表裏一体。
で、この手の日本文化論で対極になるのが、
アメリカですよね。

いろんな人種や民族の人たちが集まってきてつくった
アメリカという国は、

見知らぬ他人でも「まず信じる」というところから
スタートする社会でした。


ただ、そんなアメリカでも、
日本的な「人を見たら泥棒と思え」が、
定着した時期があるのだそう。
それは、1970年代から、連続殺人鬼がニュースになったから。

「人を見たら殺人鬼と思え」といったところでしょうか。

ただ、そんな日本化したアメリカも、
2000年頃から、再び「まず信じる」ことが、
できるようになったとのこと。

そのきっかけとなったのが、
インターネット総透明社会。

総透明社会が到来して、
人々の日常がみんなに丸見えになってきたことで、
それで人と人との信頼が回復するってことが、
アメリカでは2000年代くらいから
だんだんと起きてきているという話なんですね


逆に言えば、インターネット総透明社会で、
日本もアメリカ化する可能性だってある。

インターネットの総透明社会では、
自分の日常や友人関係をさらけ出してることが、
他人に信じてもらうための
保証の役割を果たしてるんです。

つまりわたしたちは、
見知らぬ他人でも信頼できるように
なってきたということなんです。

そうして見知らぬ人と信頼しあって、
将来に役立つ弱いつながりを
つくっていくことが大切なんです。


ここで、「弱いつながり」「見知らぬ他人を信頼する」が、
つながっていきます。


○「情けは人のためならず」をベースに、皆が社会起業の担い手に


見知らぬ人と信頼しあって、
将来に役立つ弱いつながりを
つくっていくと、何が起こるのか?

それは、本当の意味での、
「情けは人のためならず」である。

昔から「情けは人のためならず」って
ことばがありますよね。

あれを

「人に情をかけるのはその人のためにならないから、
冷たくせよ」

って間違えて覚えてる人は案外多いんじゃないか
なんていう話もありますが、

本当の意味は

「人に情けをかけるのは、他人のためだけじゃなくて、
まわりまわって自分に戻ってくる」ってことです。

この「情けは人のためならず」は、
まさに今のインターネット時代だからこそ言えること。

いろんなつながりを持っていて、
他人に情報を与えてあげるってことが、
まわりまわって自分のためにもなる。

そういう時代になってるんです。


弱いつながりからもたらされる情報に加え、
自分がもっている情報とか、スキルとかを、
できる範囲で惜しみなく与えていく。

そうすると、社会全体にとって、
プラスとなると同時に、
自分にもいいことが返ってくる。

もちろん、それで、
自分の生存権が確保される、
最低限の生活が保障されるかと言えば、

それはいくらなんでも難しい。
そのレベルでのセーフティネットたりえない。

今後は、そのレベルでのセーフティネットとしては、
国と私との、直接的なセーフティネット、
ムラや会社といった中間団体なきセーフティネットが、
その代わりとなっていくのだと思います。

では、「弱いつながり」「見知らぬ他人を信頼する」
このセーフティネットは、何を保障してくれるのか?

それは、従来の強いつながりでも、
さまざまなしがらみとひきかえに提供されていた、
心と心通い合う情の世界。

ただ、その情の世界が、
これまでとは異なる。

会社のような「箱」の中におさめられている「情の世界」じゃなくて、
社会のすみずみに裏側で網の目のようにつながっている
あらたなかたちの「情の世界」

そういう「情の世界」があることによって、

「私はいま苦しいけれども、みんながそこにいることで安心できる」
「みんなとつながっていて、
みんなから慰めのことばをかけてもらうことで安心できる」

という、安心感につながるのだと思うのです。

○まとめ
従来の社会起業(?)の担い手は、
地域ムラ社会であったことは、
以前書きました。

それが、180度異なる、
「弱いつながり」「見知らぬ他人を信頼する」をベースに、

みんなが自分のもっている弱いつながりや、
そこから来る情報、
あるいは、自分が持っている情報やスキルをつなげて、
みんなが、新しい社会起業の担い手となりうるのではないか。

佐々木氏の主張から、私が感じたことです。
次回は、もうすこし日本文化論についてつっこんで、
日本ムラ社会が、いかに、

「弱いつながり」「見知らぬ他人を信頼する」から、
180度真逆の社会であるかを、再確認したいと思います。

とはいえ、この手の日本文化論は、
深入りしすぎると、きりがないので、
ちょっと流す程度にしたい。



※この記事は、P-SONICのHP記事より転載しております。
http://www.psonic.org
posted by ccc_summit_hiroshima at 20:59| Comment(0) | 社会起業トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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